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早いもので1カ月(1月31日) [08風に吹かれて(1月分)]

早いもので。もう今年も12分の1が過ぎようとしている。
ほんの少し前に、新年を迎えたと思っていたのに、
本当に月日の経つのは早いものだ。
たしか、元旦の今年初めのブログで、
目標なるものを、色々と記したが、
できたものもあり、全然なものもある。

もっとも手付かずだったのが、
語学かな。英語と、それから欲張って韓国語と言ったけど、
ほとんど何もしていない。
よほど頑張らないと、進まないことだけは分かったけれど、
その程度ではね。

家族的には、まあまあ充実していたかな。
長女がバドミントンで、市の大会にも出場できたし、
思っていた以上にうまくなっていたので、
これからは一緒に楽しめると思う。

長男の中学受験も、無事済んだ。
親としては何もしていないが、
本人にとっては、色々と勉強になったと思う。
きょうお世話になった塾の先生のところに、
配偶者とお礼に行ってきたけど、
息子なりに、プレッシャーの中で、
色々と頑張っていたことが分かった。
まずは、一安心と言ったところか。

自分自身に戻るけれど、
もっとスポーツをしなくてはね。
昨年よりはジムの回数は増えたものの、
まだまだ体力も持久力もついていない。
健全な精神は、健全な体から宿るのだ。

ここからが本題。
今年はまとまったものをテーマに研究したい。
去年まで、色んなものに手を出してきたけど、
少し実のあるものを目指したい。
だけど、まだぼんやりとしか形になっていない。

やはり「日本」にこだわりたい。
日本学とでも言おうか。
大げさに言えば、世界の中の日本。
世界は日本をどう見ているのか。
そんな感じだ。

とりあえず、今、頭にあるのは「源氏物語」。
生涯でも一度も、現代語訳でも読んでいないので、
まずは読破したいものだ。
今読みかけの本が5、6冊あるので、
それが済んだら、書いためた源氏物語ものに移りたい。

もちろん当時の日本のことから今の日本を探るという
意味合いもあるけれど、
やはり光源氏を通した男女の仲というか、
男女のきびのようなものを、考えてみたい。

もちろん、ここ2、3年前から、
興味のある伝統文化、たとえば歌舞伎、落語も並行したい。

知識として知るのは当然だけど、
それを踏まえた自分の意見を持ちたい。

とまあ、1カ月が済んだところの
「通信簿」&「修正目標」である。


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中国製ギョーザ(1月30日) [08風に吹かれて(1月分)]

昨年は、食品の相次ぐ偽装があった。
もちろん許されることではないが、
まだ、味が少々悪いとか、
そのような段階だった。
賞味期限とは、おいしく食べる期限だからだ。

だけど、今回の中国製のギョーザは、
生死にかかわる問題である。

どの段階で、
問題の殺虫剤が混入したのかは、
分からないけれど、
何を信用したらいいのか分からなくなってきた。

こうなれば、食べ物は全部、自炊しなくてはとか、
外食は控えた方がいいとか、
そんな声も聞こえてきそうである。

だけど、そんな悪循環だけは、
どうにかして打破しなくてはならない。
そうでないと、信用のない社会になってしまう。

それと問題なのが、
対中国への嫌悪感が増すことだ。
だから、中国は信用できない、
だから危ない、
そんな声があちこちから聞こえてきそうだ。

だけど、日本だって、今から3、40年前は、
衛生面などでは、かなり劣っていた。
中国が日本の成長の後を追っているとしたら、
仕方ないとは言わないが、
ある程度、理解は出来る。

かといって、中国に対しては。凜として、
言うべきことは、言わねばならないと思う。
その方が、日本と中国の互いのためになると思う。

ようは、これを機会に、
食べること、「食」の重要性を再認識して、
消費者が賢くなることが、まずは必要。
災い転じて、福となるように。
そう思わずにはいられない。

とここまで、冷静に書いていたら、
配偶者から連絡があって、
わが家でも、このギョーザを使っていたらしい。
弁当用だから、そんなに数は多くないけれど。
急に、自分のこととなると、
本当に心配になってきた。
うーん。困ったことだ。


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にわかハンドボール熱(1月29日) [08風に吹かれて(1月分)]

ハンドボールが、急に注目され始めた。
少し前までは、ハンドボールが、
五輪の正式種目であることも、
ほとんどは知らなかったのでは。
それが、もうかなりの人が評論家になっている。

これも、中東の審判が、
身びいきな判定をして、
それを国際ハンドボール協会が「おかしい」と、
試合のやり直しを決めたからだ。

このやり直しに対して、中東諸国が「おかしい」とか、
その他の国が、すごく「当然だ」とか意見が二分したのだ。
というより、一歩間違えば、
国際問題にもなりかねない勢いだ。
日本が目指す東京五輪に対しても、
指示するとか、しないとか、
そんな場外戦も繰り広げられている。

広島県は、男子も女子も、
ハンドボールの有力な実業団チームがあって、
ほかの県に比べれば、かなり有名である。
だけど、サッカーは言うに及ばず、
バレー、バスケと比べても、全然、話にならない。

ところで、僕のふるさとである下松は、
ハンドボールが極めて盛んなのだ。
ある意味、「市技」と言ってもよいくらいだ。

なぜか、たしか1964年(昭和39年)に
山口県で国体があった時に、
下松がハンドボールの試合会場になった。
その関係で、試合の前から、
各学校でハンドボールの強化を行い、
かなりの中、高校が強くなった。

だから、ずっと、その学校で、
一番スポーツができる生徒は、
ハンドボール部に入ったものだ。

競技として見ても、すこぶるハードなスポーツで、
シュートのスピードは、たぶん他のボール競技には負けない。
それに、格闘技とも思える、興奮感もある。
水球とよく似たスポーツでもある。

どんなスポーツも、自分で経験すると、
一番面白いと思うし、
それが出来ないとしたら、
実際に会場に足を運んで、生の戦いを見ると、
かなりの確率でファンになると思う。

一過性に終わるのではなく、これを機会に、
ハンドボールのファンが増えて欲しい。
面白いことは、請け合いですからね。
みなさん、日本を応援しましょう。

と書いたものの、
テレビ観戦していたら、韓国に完敗した。
やはり、かなりの実力差があったみたい。
まだ、オリンピックに出るチャンスはあるので、
気分を替えて、しっかりと戦って欲しいものだ。


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モーニング娘。10年(1月28日) [08風に吹かれて(1月分)]

昼間ラジオを聞いていたら、
10年前のちょうどきょう、
モーニング娘。がメジャーデビューしたらしい。
ふーん、もう10年も経つのか。
今は、少し、いや、かなり落ち目になっているけど、
それこそ一時は、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

モーニング娘。といえば、
一度、そのメンバーであるタンポポと、
広島市内の中華料理店で偶然会ったことがある。
当時は、そんなに有名ではなかったけれど、
中華を食べていたら、自分たちの席の向こうに、
かわいい子3人がいるな、と目にとまったのだ。

その3人とは、今思うと石黒、矢口、飯田だったけど、
一番、目に付いたのは石黒だった。
今は母親だけどね。

その時は、名前さえ分からなかったけれど、
やはり3人とも光り輝いていた。
見る人が見れば、やはり素材が違うのだろう。

そもそも、このモーニング娘。は、
オーディションで落ちた人たちを集めて結成した。
意外なことに、彼女らが次第に、
スターダムに上り詰めたのだ。

もちろん、新しいメンバーを入れたり、
卒業させたりすることで、
新陳代謝を図ったのだ。

だけど、その栄光も10年は続かない。
仕方ないことだが、今後は、
どこに引き際を定めるかが大切になってくる。

これは、どの分野でも、そうだ。
いかに、うまく滑り出して、
どう引き際をきちんとするかだ。

そうそう、実際のモーニング娘。のコンサートは、
家族で一度、代々木体育館に出かけたことがある。
大人からすれば、今ひとつでも、
そのあふれんばかりのエネルギーは、
ものすごいものであった。
もちろん、2人の子どもも、
大いに盛り上がっていた。

その時思った。
裏方として、スターを作り出す仕事は、
面白いだろうな。
もちろん、自分自身が最前線に出るケースもあるけど、
それはなかなかチャンスも、機会もないとしたら、
一歩引いたところで、自分の才能を発揮するのは、
本当にやりがいがあると思う。

我が家にも、モーニング娘。のCDは2、3枚ある。
でも、中学生の子どもは、もう卒業して聞こうともしない。
それも、一つの現実である。


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バイキングは得か(1月27日) [08風に吹かれて(1月分)]

今晩は、家族でバイキングに出かけた。
何がしかの祝いの時は、
決まって、この形式を取る。

今回は、長男の中学入試祝いと、誕生日。
それに長女がバドミントンで、市大会に出場できたこと。
ついでに、配偶者の誕生日を一緒にして、
バイキングに出かけたのだ。

ところで、バイキングとなると、
ついつい多く食べて、いつも満腹感になる。
そして、食いすぎたとも思う。
たぶん、いつもよりもカロリーを多く摂取していると思う。

料金設定は、場所によって違うけれど、
安いと思うけれど、時々は高いとも思う。

食べる方からすれば、
安いと思うから、
多くの人がバイキングを利用するのだろう。
その上、ほんの少しは贅沢とも感じることが出来る。

一方、バイキングを行っている方は、
もちろん、ある程度、儲けがあるから、
バイキングの形式を取っているのだろう。

バイキングは、料理が決まっていて、
利用者は、あまり選択の余地がないから、
作るほうとしては、効率がいいのだろう。

ということは、利用する方、作る方の両方が、
ラッキーと思うから、繁盛するわけだ。

だからといって、永久に繁盛するかというと、
これがまた、最近は競争が厳しいらしい。
やはり、比較的安くて、いいものを提供しないと、
お客は、どんどん減っていってしまうのだ。

そもそも、
バイキングの方式はいつから出来たのだろうか。
和食では、まずは考えられず、
洋食から誕生したのだろうが、
詳しいことは知らない。

それで、ちょっぴりネットで調べてみた。
すると、その始まりは、帝国ホテルだった。
その名前は、当時流行っていた
「バイキング」という映画から取ったらしい。
そこまでは分かった。

今回は、できるだけ、腹の太るものは遠慮して、
サラダや胃にもたれないものを中心にスタートさせた。
そしてだんだんと、ハードな料理を加えた。
で、最後はデザートと流れた。

いつもは一気に食べて失敗するので、
かなり慎重にゆったりと、家族とも食べたけれど、
あんまり感覚を置くと、逆におなかが太るもんだ。

満腹となったので、これからお風呂にゆっくりと入って、
おなかを元に戻すつもりだ。
歳を取ると、なかなか元にもどらないからね。


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夫婦げんかのすすめ(1月26日) [08風に吹かれて(1月分)]

夫婦げんかは、犬も食わないというけれど、
何と、その夫婦げんかが、健康に良いというのである。

もっと正確に言うと、
夫婦げんかを我慢する場合の方が、
我慢しない夫婦よりも、死亡率が高いというのだ。

ということは、夫婦げんかを勧めているわけではないけど、
おそらく、どの夫婦でもけんかの要因は、
あるに違いないので、やっぱり、
そうなりそうな時には、けんかをやっちゃえということか。

でも、自分自身のことで考えると、
僕はできるだけ我慢する方だ。
その後の沈黙とか、いざこざが面倒くさいからだ。
しかし、時々、それが分かった上で、
ついつい、一言余計なことを言って、バトルに入る。

けんかとなると、いつのまにか。
その直接的原因だけでなく、
あの時はこうだったとか、あらぬ方に展開してしまう。
そのことも良くないと、頭では理解しているが、
ついつい、言ってしまうのだ。

実は、この調査は、アメリカの大学が、
17年間にわたって調べたものらしいが、
夫婦両方、または片方が、我慢しないことが、
長生きにつながる、と結論づけている。

理想論からすれば、いつも仲良くが一番だが、
長い人生、そういう訳にはいくまい。
ならば、その時は、互いの気持ちを爆発させても、
後に残さないこと、これが重要であろう。

そんなことは分かっている、と言われそうだが、
通常の気持ちでなくなった時に、
いかに、これを実践できるか、
なかなか難しいことである。

今回は、夫婦間だけの問題だが、
兄弟であったり、友人であったり、仕事仲間であったり。
けんかをするのは、かなりの「元気」がいるものだ。
歳を取ると、それ自体が面倒くさくもなる。

中には、わざとけんかをして、
その後に、非常に仲良くなる、という方策を取ったことも、
かつてあった。
もちろん、うまく行くこともあるが、
あくまでも、これは邪道である。
あまり、お薦めできるものではない。

やはり、自然体が一番ではなかろうか。
あまりに、我慢することもなく、
あまりに瞬間湯沸かし器になることもなく…。


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祝・華陵高校(1月25日) [08風に吹かれて(1月分)]

下松市の華陵高校が、春夏通じて、
初の甲子園行きを決めた。
下松が古里のわが身にとっては、
何よりもうれしいことだ。

おまけに、わが母校をはじめ、
下松市内の高校は、どこもまだ、
出場したことがないので、
下松市にとっても「初」となった。

こうなれば、春休みに、
ぜひ甲子園まで応援に行こうと思う。
ここ最近、高校野球で甲子園には行っていないし。

たしか、最後に行ったのは、
宇部商が春夏連続でベスト8になった、
昭和63年(1988年)のことだから、
ちょうど20年前になる。
月日の経つのは、本当に早いものだ。

で、華陵高校は、僕が高校時代にはなかった。
たぶん、学校が出来て20年少しだと思う。
もしかしたら25年くらいかも。

何年かかっても、甲子園にはなかなか、
出場できないところがほとんどと思うから、
やはり快挙だろう。

この朗報で、下松は一挙に盛り上がるかも知れない。
人口5万人少々。周辺の市町村は合併して、
周南市になったけれど、
下松だけは、ずっと単独市政を貫いている。
それだけに、うれしさも、ひとしおだ。
今度、実家に帰ったら、横断幕が出てたりしてね。

本当は、わが母校なら、
もっともっと、うらしいだろうが、
それは申しますまい。

そんなこんなで、今年の春の甲子園は、
今からずっと楽しみである。
もし、1回戦でも勝てば、
もっともっと盛り上がるだろう。
ぜひ、そうなってほしいものだ。

そうそう、宣伝を少し。
この新年の特集市報で、
わが家の写真が出たんだ。
そう言った意味でも、
今年は下松との関わりが増えそうだ。


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12歳の「春」(1月24日) [08風に吹かれて(1月分)]

自分が12歳の時と比べて、
今の小学校6年生は、何かと大変だ。
特に、この広島では、中学受験が盛んで、
子どもたちは、人生最初の「試練」を味わうことになる。

これから、何度も点数によって、
振り分けられることは多いだろう。

だけど、小学校時代から、
何もつらい経験をする必要もないと思うが、
一方で、社会の厳しさを味わう、いい機会でもある。

受験は、結果は合格か、不合格か、どちらしかない。
発表の時点で、一喜一憂するのは仕方ないが、
この受験という体験を、
どう自分に還元するかが大切になる。

一生懸命に、受験に取り組んだという達成感は、
必ず、その後の学生生活にも生かされると思うし、
そうでないと、中学受験をした意味はない。

こんな考えは、きれいごとと言われるかも知れないが、
僕は絶対違うと思う。
例えば、勉強の習慣、根気強さ、何事もあきらめない姿勢、
数えればきりがない。

ただ、一方で、1回の受験とはいえ、
まぐれとか偶然は、本当に少ないと思う。
一生懸命に努力すれば、それが好結果につながるし、
逆の場合も、またしかりである。
だからこそ、色んな批判はあっても、
このペーパーテストという形式を取っているのである。

最近の私立の中学校は、
ほとんどが中高一貫になっているので、
これから6年間は、
じっくりとさまざまなことにチャレンジするのに、
最適だと思う。
クラブ活動でもいいし、課外活動でもいい。
もちろん本分の勉強は、言うに及ばずである。

ただ、この中学受験に参加するには、
ある程度、その家庭の家計に余裕がないと、
難しくなっているのも事実である。
そうなると、なかなか「逆転」が難しい時代でもある。
社会が固定化するのは、喜ばしいことではない。

今は、将来が見えにくい時代でもある。
もし、「自分たちだけ、よければいい」という考えで、
中学受験に望むのであれば、
けっして、いい体験にはならない。

必要以上の「希望」を持つべきではないが、
「希望」が全く持てない社会もまた問題である。

「春」を目指した全国の12歳の6年生よ。
苦労や経験は、これから必ず生きるはずだ。
これからの人生は、本当に、本当に長いのだから。

と、ある意味、人事のように書いたけど、
自分の子どもも受験生。
やはり、どうしても一喜一憂してしまう。
その自戒を込めて。
そして、親としての気構えも、
かくありたい、と思いながら記した。


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人生の目的(1月23日) [08風に吹かれて(1月分)]

久しぶりに「哲学」をしてみたい。
人生の目的とは、という壮大かつ深遠なテーマだ。
自分は、何のために生きているかとの設問にも重なる。

たぶん、人生の目的は、
「自分の人生の目的を探す」ことだと思う。
もう少し分かりやすく言えば、
一生かかって、どう生きるかを
探求し続けることが,大切、ということだ。

たぶん、正解は一生かかっても、
見いだすことは難しいだろう。
だからこそ、人生の目的にもなるのだ。

出来るなら、その目的は、
自分独自のものでありたい。
人と同じではつまらないし、
例え出来たとしても、
達成感も少ないのではなかろうか。

じゃあ具体的に何かと言われると、
さらに難しいし、なかなか浮かんでも来ない。
ただ、常にいつ何時でも、
目的を意識しながら生活をすることは大切と思う。

ところで、「目的」と「目標」は似て非なるもの、
いや、全く違うものだと思う。
目標は、分かりやすいもので、
一つの目標まで達成できれば、
さらにもう一歩進んだ目標を設定し、
クリアを目指す方法もあろう。

その意味では、ものすごく向上心を伴うものだが、
でも、本当の意味での目的とは違う気がする。

目的だろうと、目標だろうと、
関係ないじゃないか、との意見もあろう。

でも、僕自身は、この点には、こだわりたい。
それが、生きている証だし、
自身の人生の目的にもつながるからだ。

そういえば、大学時代は、
このような、腹のたしにもならない、
ある意味では、言葉のゲームをよくやっていた。
時には、口角泡を飛ばしていた。

それが、段々とそんな機会も少なくなって、
こじんまりとした人間に皆、なっていく。
生きるためには、仕方のないことであろうが、
「目的」だけは、しっかり考えながら、
日々、過ごしたいものだ。


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一番驚いたこと(1月22日) [08風に吹かれて(1月分)]

「一番驚いたこと」のお題で、
すぐに考えがまとまる人は少ないと思う。
事実、僕もあーだ、こーだと考えたけど、
結局、オチも導入部も
気の利いた言葉が浮かばなかった。

このブログでも、時々、紹介しているけど、
僕が通っている「話し方教室」でのテーマだった。

これが例えば、きょうとか、最近とか、
会社でとか、何か範ちゅうが限定されると、
もう少しは考えがまとまると思う。
あまりにも範囲が広いと、うまく行かない。

持ち時間3、4分のスピーチの後、
自分の発言をテレビでもう一度見ると、
あー言えばよかったとか、この順番の方がよかったとか、
反省することしきりである。

で、自分の考えをまとめる意味で、
同じテーマで少し書いてみたい。
と言っても、内容はそう変わらず、
順番が変わる程度だが…。

小さい頃に比べて、最近は驚くことが少なくなった。
小さいときは、ほんの些細なことでも、
すぐに笑ったり、感動したりしていたのに、
歳を重ねるに従い、驚きが難しくなった。

でも、驚きは脳を活性化するし、
若返りの秘訣でもあると思うので、
できるだけ、驚く日々を過ごしたいと思う。
そのためには、色々なところに、
アンテナを張っておく必要もあろう。

そこで思う。
本当に驚くことが少なくなったのか。
いや、そうでもないはずだ。
考え方をちょっぴり変えるだけでね。

全部の惑星の中で、生物が存在するのは、
今のところ地球だけだ。
その中でも、僕たちは人間として生まれた。
いつもは、当たり前と思って、生活しているけれど、
これはものすごい偶然が重なったもので、
本当は、もっとも驚くべき事ではないか。

人は、みな生まれて死ぬ。
これだけは、どの人にとっても平等だが、
その間に、様々な人々と出会う。
恋愛関係になったり、友人になったり…。
この一期一会こそ、これまた最大の偶然、
最大の驚きではなかろうか。

だが、その我々人間が、
ほかの生き物や地球そのもののことを考えずに、
自分勝手極まりないことを続けている。

最近、映画「アース」を見たけど、
本当に地球は美しい。
映像で、その事実を見せられると、
改めてそう思う。
しかし一方で、温暖化がどんどん進み、
例えば、北極グマは、
あと30年で全滅するという。
そして最悪の場合、地球が滅びていくことにもなりかねない。

地球が滅びるということは、
絶対、あってはならないことで、
そう言う意味で、
この驚きは絶対あってはならないし、
驚かされてはならないことだ。

驚いて良いことには、どんどん驚き、
絶対、驚いてはいけないことは、
全力で防いでいく。
そんなことを、このテーマを考えながら思った。


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現代恋愛事情(1月21日) [08風に吹かれて(1月分)]

驚くべき記事を目にした。
「若い人が最近、恋愛をしなくなった」というのだ。
恋愛と言えば、若者の専売特許ではなかったのか。
でも現実は、この考え方とは違うらしい。

理由は色々とある。
そのどれも、当たっているようで、違うようでもある。

恋愛よりも、仕事を優先するという。
山一証券の倒産ショックなどが、
その背景にあるという。
あんな大きな会社でもつぶれるのか。
何とも言えない厭世観である。

積極的に仕事が好きでたまらない。
だから恋愛は二の次というのなら、
分からないでもないが、実際は、違うらしいのだ。

加えて、コミュニケーションの低下が挙げられる。
二人だけになっても、会話が続かないらしい。
特に男性の場合。
僕自身も、若い男の子と話していて、
異次元空間というか、きちんとキャッチボールが出来ていない、
と感じることが多々ある。

女性よりも男性の方が、
この問題に関しては、深刻のようだ。
失敗しそうだから、女性に声を掛けられない、という声も聞く。
失敗は若者の特権だと思うけれどね。

ここからが、持論である。
仕事が面白い、仕事が充実している時は、
恋愛も充実すると思う。
忙しいから恋愛は出来ないは、理由にならない。

このままだと、恋愛も、仕事もきちんとしない、
若者、特に男性が、だんだんと増えて行く気がする。

じゃあ、恋愛に一体、何を求めたらいいのだろうか。
所詮、人間は自分自身が可愛いので、
相手の事が好きなのは、自分自身が好きということだ。
その意味では、恋愛は自分のためにするのだ。

もちろん、相手を好きになると、
その人の喜ぶ姿を見たい、
そしてそのことによって、
こちらの気分がよくなる、ということはある。
だけど、基本的には自分自身なのである。

そういえば、昨日、喫茶店で、聞くとはなしに、
隣に座っていた女性2人の会話が、耳に入ってきた。
それこそ、今、僕が気になっている「恋愛に何を求めるか」との
摂理と同じなのだ。

心の安らぎとか、またはときめきとか、
様々なことを、彼女らは言っていたけど、
何となく女性上位の感じが、しなくもなかった。

今後、益々、男性に取っては、
住みにくい世の中になるかもしれない。
昔風に言えば、「ふんどしを締め直して」うんぬんの
強い決意で対処しなくては、
男性は浮き上がれないかも。

男性に取っては、住みにくい世の中になったものだ。


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みぞれ・寒風…(1月20日) [08風に吹かれて(1月分)]

久しぶりの寒い一日となった。
たぶん、大みそかから元旦にかけて、
冷え込んだのと同じくらいの寒さだ。

冬は寒くなければと思う一方、
こんなに寒いと、また文句の一つも言いたくなるのだ。
早く暖かくならないかな、と。

地元の広島では、この寒さの中、
駅伝があった。全国レベルの男子駅伝だ。
選手たちはもとより、けっこう多くの観衆が沿道に詰め掛けていた。
日本人は、つくづく駅伝が好きだな、と思う。

競技としては、すこぶる単純だ。
単に走るだけで、たすきを繋ぐ部分が、
まあ、少しは劇的かもしれないけど、
普通に考えると、そうドキドキするスポーツではない。

人気の原因は何だろうか。
今の健康ブームも確かに関係あるだろうが、
たぶん走る行為に、
それぞれの人生を重ね合わせたりしているのかもしれない。

確か、外国では駅伝という競技そのものがあまり聞かれないし、
マラソンだって、そんなにメジャーではない。
だから、アフリカを中心に、選手たちが日本に勉強に来るのである。

ぼくもいつもは、沿道に詰め掛けたりするが、
今回はあまりにも寒かったので、
会社の窓から選手たちの動きを追うだけにした。
その意味では、真のファンではないかも。

自分自身も、走りたいとは思うが、なかなか実行に移せないし、
移したとしても、すぐに飽きてしまう。
だから、全然、長続きがしない。
もっと、自分の意志が強ければいいけど、
長年かけて作り上げられた性格だけに、
そう簡単に変わることはないのだ。

逆の立場というか、逆の目線で考えてみると、
沿道に何万人の人を集め、通常は走ることが出来ない、
道路の中央を走る気分は、
こちらが想像する以上に気持ちのいいものかも知れない。
もしかしたら、一度やったら病みつきになるのかも。

スポーツジムに通っていることは、
前にも書いたが、走るのは本当につらい作業だ。
時々は、爽快感も生まれるけれど、
だいたいの場合、そうなる前にひたすら、しんどくなるのだ。

その一線をどうやって越えるのか-。
言葉ではなんとなく分かるけれど、
実際行うとなると、これが難しいものだ。

それにしても、自分の体だけで色々と表現できるなんて、
なんて素晴らしいことであろうか。
そして、何と素敵なことであろうか。
凡人は、そう考えるのであった。


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最後の「授業」(1月19日) [08風に吹かれて(1月分)]

本日とあすに、センター試験がある。
いやもう始まっているか。
昔風に言えば、共通一次試験である。

そういう僕も、この共通一次試験を受けた。
しかも、その第一期生である。
当時は五教科七科目だった気がするけど、
今は遠い昔と言う感じである。

試験は、どの時代でも、いやなもんだ。
でも、考え方を変えると、
きちんと点数が出ることは、
社会人ではあまりないので、
逆に分かりやすくて、いいとも感じられる。

で、無事に合格して大学に入ると、
たくさんの授業がある。
でも、この授業にあまり出席しなかったことが、
今となっては、といっても本当に随分前のことだが、
もったいない気がする。
社会人になると、そんなに、
体系的に教えを請うチャンスはないから、
余計に、そう思う。

こんなことを本日考えたのは、
センター試験が始まったこともあるけれど、
ブログ仲間の現役大学生の「最後の授業」のタイトルの、
文章を発見したからだ。

その本人は、小学校から大学4年まで、
16年間もずっと授業を受けたけど、
最後の授業と思うと、感慨深いものがあったと、
記してあった。

確かにその通りだろう。
でも、自分のことを考えると、
そこまで考える余裕はなかった気がする。
何も、卒業できるかどうか、
心配していたわけではないけど、
考えが、単に及ばなかったわけだ。

今思い出して、記憶に残る授業と言うものは、
そうはないし、まあ、あまり出ていないから仕方のないことか。
だが、その周辺と言うか、
廊下で立ち話をした先生の言葉とか、
教授部屋での雑談内容は、何となく覚えているものだ。

大学の授業は、1コマが90分が原則だけど、
もし、90分間教えるという、逆の立場で考えれば、
ものすごい準備がいるものだと思う。
たかだか、20-30分、皆の間でプレゼンするだけでも、
大変なことからも容易に想像できる。

話しがあちこちに飛んでしまったが、
一つ一つの授業をもっと大切にしておけばと、今さらながら思う。
そして、これからも、
色んな面で勉強のチャンスはあると思うので、
その時こそ、悔いのないように、
学びの姿勢を徹底させたい、と考えている。
やはり、一生勉強である。


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異業種交流の勧め(1月18日) [08風に吹かれて(1月分)]

ちまたで流行っているのが「異業種交流」だ。
会社内だとか、同じ職業の人たちだけでなく、
異なった職業の人や、さまざまな立場の人々と、
交流を深めようというのだ。

確かに、男性の場合、もちろん女性もだが、
会社に入って、そこが生活の基盤となると、
それ以外の人たちと付き合う機会はめっぽう減ってしまう。

あるとしても飲み屋で知り合うとか、
ゴルフをする人は、その仲間であったり、
そんなものであろう。

これが欧米とかなら、
夫婦単位で色んな会合に出かけたり、
地域の集まりがあったり、
わが国とはかなり事情が異なるようだ。

そんなことを考えるのも、
右肩上がりの時代ではなくなり、
一つの会社にずっと最後までいるような、
ご時勢ではなくなった今、
やはり頼りになるのは「自分自身」であると、思うからだ。

そんな厳しい時代では、
自分自身が色んな能力を身に付けることが重要と思う。
さまざまな分野の人たちと知り合いになったり、
または、そこを基盤にもっと交流を広広げたりするのことも、
能力を見に付けるための、一つの方策であろう。

具体的には、
語学を学んだり、空いた時間を使って趣味に精を出したり、
何より、自分のスキルアップのために、
仲間で学習会を開いたり、色んなことが考えられる。

で、先ほどまで、
僕が通っている「教室」の新年会があった。
総勢、先生を含めて12人。
22歳の大学生から60歳代の人まで、
さまざまなメンバーが集まって、酒を酌み交わした。

利害関係がないから、話しは取り留めなく盛り上がる。
最近、彼女が出来たと言う、
もうじき30歳の男性を冷やかし半分に、
みなで「激励」したり、バカ話をしたり、
楽しいひとときだった。

もともと、この「教室」のメンバーは、
少しでも、皆の前で自分の意見を、
きっちりと話すことが出来るようにと、
通い始めた人がほとんどである。
その意味では、
こんな集まりも勉強の一環にならないこともないが…。

話しは変わるが、この正月に来た年賀状を見てみても、、
やはり何と言っても多いのは会社関係。
そうじゃなくて、もっと異なった、それこそ異業者の人から、
もっともっと多くなればと思ってる。

まあ、最近は、年賀状でなくても、メールであったり、
携帯での連絡であったり、
つながりの方法は色々あると思うけれど…。
ふと、何かの機会に、自分の人脈を探ってみると、
意外と少ないことを実感するのである。

今年は、1対1の関係を重視したいと、
年始に思ったけれど、
それに加えて、もっと大勢での集まりも、
やはり欠かせないと思う。


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震災と湾岸戦争(1月17日) [08風に吹かれて(1月分)]

1年365日のうち、忘れにくい日がある。
僕の場合、この1月17日を含めて、3日間ある。
残りの日は、また別の機会に紹介するとして、
きょうは、この1月17日についてだ。

実は、僕は手づくりの「30年手帳」を持っている。
今のところ、今年が24年目になるのだが、
これを見ると、その日に何が起きたか、
自分のことを中心に分かるのだ。

ところで、きょうは言わずと知れた、
阪神大震災の日である。
もう13年にもなる。

昨年始めに、このブログを書き始めた時に、
このことには言及した。
だから、今回は省く。
と言っても、この体験が風化しないように、
みんなが自分にできることをやらなければ、
と思っている。

で、その1995年の4年前に、
湾岸戦争が火ぶたを切った。
その前の年のお盆ごろに、
イラクがクェートに侵攻していたので、
いつかは、この戦争が起こると思っていた。

が、その日、僕は、別府温泉に遊びに行っていた。
かつて同じ赴任地にいた、
同業他社の友人が大分・佐伯に転勤したので、
彼を訪ねて行く途中だった。

テレビで、この戦争は知った。
彼の仕事にも若干関わるので、
一緒に遊べないかなと思ったりしたが、
待ち合わせの時間が遅れた程度で、
佐伯のスナックで、戦争なんて関係ないとばかりに、
カラオケに興じた。

当時はまだ、本を手にしながら歌っていた気がする。
まだ、レザーディスクも、そんなにはなかったと思う。

それはともかく、当時は、
湾岸戦争は日本から、ものすごく遠い戦争の感じだった。
海部内閣は、お金だけ拠出して、
汗をかかなかったと言われた。
でも、何となくそれも仕方ない、と感じていた。

だが、今は全く違う。
個人的な意見は、横に置いていておくとして、
新テロ特別法の可決か否かが、大問題になるのだ。
日本だけ勝手に、独自に、
生きていくわけにはいかない、
ということだろうか。

その彼も、僕自身も、もう40代、
しかも後半である。

いつもは、ほとんど目にしないが、
時々、冒頭で紹介した「30年日誌」を手に取る。
そうすると、過去のことが、
脈絡もなく思い出される。
時の経つのは、本当に早いものだ。

でも、その長い時間も、
1秒1秒の時間の積み重ねであるには違いない。
こんな当たり前のことを再認識した、
1月17日であった。


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最近のテレビから(1月16日) [08風に吹かれて(1月分)]

面白いテレビは少ないけれど、
時たま食い入るように見る番組がある。
あらかじめ見たい場合と、
偶然にチャンネルを合わせるケースもある。

この前の土曜日に見た「1秒」をテーマにした番組は、
興味深いものだった。
民放とは思えない、重厚な作りであった。

1秒の間に、どんなことが起きるかとか、
こんなことが既に起こっているとかを、
示す内容だが、
軍事と環境破壊の関連性は、
頭では分かっていても、
具体的な数字を持ち出されると、
かなり説得力があったのだ。

せっかくの具体的な数字も、忘れてしまったが、
確か、戦闘機を1機1秒、飛ばせば、
車を何万台もかなりの時間、走らせるのと同じ、
燃料を使うそうだ。
ということは、それだけ地球に優しくないということだ。

でも、映像的にもっとも心に残ったというか、
胸に突き刺さったのは、
その人の人生が病気のために、
10倍の速度で進んでしまう、
インド人のきょうだいの映像だった。

10歳といえば、不通ならまだ子どもだが、
この場合は、もう100歳、いつ死んでもおかしくないのだ。

ということは、僕たちが1日1秒を大切にしたいと、
紋切り型の言葉でいうのと違って、
本当に大切にせざるを得ないのだ。
何と残酷な病気なのだろうか。

周りからは当然、奇異な目で見られるし、
抵抗力もすこぶる弱いという。
だから風邪を引いただけで、
生死にかかわることになるのだ。

「時間」つながりで言えば、
昨日見た坂東玉三郎のドキュメントも、
胸に打つものがあった。

玉三郎は、言わずと知れた当代きっての女形だが、
自分の全生活を舞台にかけている。

だから、本当に舞台と自宅との往復で、
舞台によくないことは一切しない。
飲みに行くこともなければ、
マッサージは専属を付けて、
365日欠かさず行っているという。

その玉三郎でさえ、先のことは分からないので、
とりあえず、明日のことだけ見据えているという。

明日の舞台をきっちりと演じたい、
そのためには、出来ることを完全な形で行う、
そういう姿勢をずっと貫いているのだ。

凡人の僕たちでさえ、
ある意味、もっと先のこととか、
将来を考えたりする。
それは、現実逃避であったり、時には気分転換であったりする。

だが、玉三郎は違うのだ。
客観的に考えると、十二分に先を読むことができると思うけれど、
あえてそれは行わずに、
ひたすら目の前のことに全力を傾ける。

すごいことだと思う。

今回、時間というものを改めて考えさせられた、
二つの番組だった。


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早起きの習慣(1月15日) [08風に吹かれて(1月分)]

今年に入って、仕方なく早起きをしている。
いや、させられている。
長男の中学受験が近いからだ。

人間の脳は起きてから、3時間程度は経過しないと、
きちんと働かないらしい。
だから、子どもはその時間帯に起きて、
親も自然と起こされるというわけだ。

ずいぶん昔、学生時代の話になるが、
明け方まで起きていて、朝刊が届けられて、
ベッドに入ることも多々あった。
そうなると、自ずと学校には行かない。
授業も出ない。
昼からおもむろに起きて、学校近くまで行くのだ。

ずっと家にいるのも、今一つなので、
とりあえず学校の近くまで行って、
友人を探すのである。

就職が決まった時の年賀状に、仲のいい友達から、
こんな文章をもらった。
「れいちゃん、就職したら、朝寝坊はできないよ」
すごく当たり前のことだけど、
あらためて言われると、そうなんだ、
ちょっとしたショックだった。

あれから、かなり経過するけれど、
今も早起きは得意ではない。
かといって、休みの日に、
ずっと家にいるのも不得意である。

よく言われることだが、確かに早く起きると、
一日が長いおで、何だか得をした感じがする。
とりわけ旅行なんかすると、
自然と早く目覚めるので、充実した気分になる。

よく思うのだが、人生の3分の1は睡眠である。
この時間を4分の1まで減らすと、
もっともっと有効活用できるように思う。

で、最近の早起きに話は戻るが、
子どもの受験が済んでも、少しばかり続けてみようと思う。
たぶん、何と坊主になるかもしれないけれど、
でもやる気を見せるだけでも違うと思う。

でも、早寝をするのはイアだし、
夜更かしもしたい。
夜でないと考えれられないこともあるし、
出来ないことも多いのだ。

だから、もし可能なら、スペインよろしく
シェスタを決め込みたいところだが、社会人としては、
なかなか、そうも行かない。

睡眠一つとっても、思うようにならないものだ。
いや、睡眠だからこそ、
思うように行かないかも知れない。


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夢は「自費出版」(1月14日) [08風に吹かれて(1月分)]

昔から考えていることだが、
僕の究極の「夢」は教科書に自身が載ることだ。

といっても、いくら最近は、色んな分野で、
活躍した人を教科書で取り上げる風潮が出てきたとはいえ、
それはかなりハードルが高い。

簡単に言えば、総理大臣になるか、ノーベル賞をとるかすれば、
ほぼ確実なのだが、現実的には、そうもいかない。

よって、現実的な「夢」は、
自身の書き溜めた文を出版化することだ。
できれば、仕事とかに関係なく、
完全に自分自身の力によってだ。

そんな大人たちの「夢」の大部分を受け持っていた、
ある出版会社がこのたび倒産した。
「新風舎と呼ぶ。

自分史であったり、小説であったり、旅行記であったり、
その出版物はさまざまであったらしい。
僕自身も、ここの本を読んだことがある。
他人からすると、何だしょうもない、
と思う作品も多かったけれど、
それでも本人たちの息遣いはすこぶる感じることが出来た。

そういえば、自費出版の最大のヒット作は、
例の佐賀のがばいばあちゃん」である。
あそこまで有名になるケースは、
本当に稀ではあろうが、
そういうチャンスにめぐり合えないわけではない。

昨年から、この稚拙なブログを始めたのも、
将来の「夢」に向っての取り組みだと、
勝手に思っている。

量は質を凌駕するとの言葉もあり、
とにかく日々、自分も思ったことを形に残すと言う作業が、
とても大切なことだと思う。

でも、今年はもう少し踏み込んで、
何か一つテーマを決めて、
そのことをじっくりというか、数多く記してみたいと思う。

ただ、そのテーマがなかなか見つからない。
興味のあるものは、結構多いが、
改めてと思うと、けっこう身構えるものである。

そのテーマを考える上で、
大きく2つに考えが分かれると思う。

メジャーなテーマか、マイナーなテーマか。
マイナー方が、その独自性が発揮しやすいが、
資料の数や、発想の難しさも抱えることになる。

あと一つ。どうも本だけからの発想では、
そこまで才能があるとは思えないので、
やはりフィールドワークというか、
実施に自分が現地とか、対象を調べてみたいと思う。
そうなると、時間の制限とか、
新たな問題も出てくるのであるが…。

それにしても、「やりたい」と思うことばかり、
止め処もなく膨らむ1年最初の月=1月である。


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娘のバドミントン(1月13日) [08風に吹かれて(1月分)]

それにしても、中学生は元気だ。
一日に7試合もダブルスをやっても、
ケロリとしてしている。
バドミントンのことである。

勝敗は5勝2敗、まずまずの成績だ。
区内の中学生大会だったけれど、
団体も個人も、無事、
市の大会に出場できることになったようだ。

家での娘の様子と違って、少しばかり大人に見えた。
キャプテンらしくも見えた。親ばかかも知れないけれどね。
部活に入って、よかったと思う。

それにしても、やっている本人は、
そうでもないが、体育館で見ている家族は、
寒いのなんの。ホッカイロを付けても、それでも寒い。
バドミントンは、風に弱いので暖房とかできないし、
ひたすら寒さとの勝負でもあった。

僕もたまに、会社の人たちとバドミントンをするけれど、
もう、すぐに疲れてしまう。
体力の違いだろうか。
まだまだ、実力には差があるけれど、
もうじき同じくらいの「力」になるかも知れない。

バドミントンとの出会いは、
そんな大げさなものではないけれど、
小学校のときに、新しい体育館が出来て、
昼休み時間に、早く給食を食べて、
みんなとやっていたものだ。
その数年後、同窓会をやったときも、
みんなでバドミントンをして楽しんだことを思い出した。

それからは、ずっとやっていなかったけれど、
中学時代は軟式テニスをして、
その後も、遊びでテニスはやったっけ。
バドミントンとテニスは、
実は似ているようで、打ち方もかなり違うのである。

もしかしたら、本格的にやるのなら、
双方にとって、よくないことかも知れない。
変なクセがついたりするから。
ただ、遊びでするには、全く問題ないし、
むしろ「幅」が広がっていいかもしれない。

ここ10年間は、本当に時々だけど、
週1回くらい、運動のためにスポーツセンターに行っている。
練習も楽しいけれど、その後のビールが、
またなお楽しいのである。
たぶん、もっと歳を取っても出来そうな気がするので、
ずっと続けて行きたいものだ。

そうそう、出来れば、
本物のオグシオの試合を見に行きたいな。
この前、Gyaoで試合を見たけど、
やっぱりうまいよね。
ものすごい練習量を重ねているんだろうけれどね。

で、娘の市大会は2週間後にある。
個人戦と団体戦が2日間に分かれて、
別々にあるけれど、どちらかは応援に行こうと思う。
くじ運もあるだろうが、
まあまあのところまでは、いけるかもね。
きっといい思い出になるだろう。

その後、来月には家族で、
またバドミントンに行こうっと。
まだまだ、娘には威張れそうだしね。


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若く見える条件は(1月12日) [08風に吹かれて(1月分)]

アンチエイジングという言葉が流行しだして、
一体どれくらい経つであろう。
その流れは、年々増しているように思える。
その老化にあらがう試みは、
色々な人が、色々な方法で取り組んでいる。

新聞の土曜日版を読んでいたら、
若く見える条件が11個載っていた。
一つずつチェックをしてみると、6勝5敗といったところか。

まずは勝ち組の方から。
「フットワークがいい」「新しいことに挑戦できる」
「好奇心が旺盛」「夢や目標がある」
そして「自分流にオシャレを楽しむ」「異性への関心を失わない」
この6つは、かなり厳しく見ても、
OKだと思う。

ここで挙げたのは、どちらかというと、
内面的なものの向上心。
年齢からしても、この方面は頑張っていると思う。
もちろん、多少は無理をしているけれど、
でも、何もしないよりはいいと感じる。

で、問題なのは残りの5つ。
採点を甘くすれば、OKなのもあるけれど、
一つ一つ自戒を込めてチェックしてみる。

まずは「肌に張りがある」。
これは対象が女性だと思っていたら、
男性もかなりの割合で気にしているようだ。

そういうボクも、昨年11月から、
資生堂メンズの商品を少し、使っているが、
そんなもんじゃダメみたい。
何と言っても、人は見た目が9割らしいから、
かなり気を使って当然らしいのだ。

次に「表情が生き生きしている」。
本当の部分は別にして、
見た目での生き生きさが大切らしい。
どうも苦手だな。

「話し声や笑い声が元気」。これも、
まずは外から、自分を改造すると言うことか。
例え、そうであっても、自分は「そうだ」とは、
なかなか言いにくいと思うのだけれど…。

「歩き方が軽やか」。
老化は足下から来るという。
つい最近も、会社の上司が転んで入院したっけ。
東京なんかたまに行くと、その歩くスピードに圧倒される。
やはり、きびきびと歩くことは大切なのかな。
これも、どうも苦手だな。

そして「体型がスリム」。けっして太っているわけでも、
メタボでもないけれど、スリムかっと言われると、
はなはだ疑問である。
もっと、もっとスポーツジムに出掛ける回数を増やさなくては。

ということで、総合判断すると、
内からの老化には、かなり対抗しているが、
外からの老化には無防備かもしれない。

それでも、同じ年齢の人々に比べればと思うけれど。
もっと目標は高いところに置こう。
本当は内面と外見が、お互いにリンクし合いながら、
若さを保っているのだろう。

だが、一方で、若い=善で、老化=悪なのだろうか、と思う。
できれば若いに、こしたことはないが、
ただ単に若さだけでは、魅力も何もない。
なかなか、難しいのである。


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キネマ旬報ベスト10(1月11日) [08風に吹かれて(1月分)]

昨日、キネマ旬報の邦画と洋画のベスト10が発表された。
選定に関わる人の数が一番多いので、
僕自身は、日本では一番権威があるベスト10ものと思っている。
だから、毎年楽しみだし、参考にもしている。

洋画と邦画のそれぞれ10本ずつのうち、
実際に僕が映画館で見たのは、
15本だから7割5分となる。
まあまあの成績じゃないかな。

それに、20本のうちには、
広島ではまだ公開されていない作品もあると思うし…。
全く知っていなかった映画は2本。
洋画の「やわらかい手」と「パンズ・ラビリンス」だった。
勉強しなくてはね。

ところで、このキネマ旬報のベスト10は、
アメリカのアカデミー賞よりも、
歴史が長いらしい。今年で81回目になる。
確か、戦争の前後で少しの中断は遭ったと思うが…。

ここ数年は、例え、後からでも、
ベスト10の作品だけは、どんな形でも、
見ようと思って、頑張っている。
できれば、DVDを全部揃えたいとも思っている。

ところで、昨年末、
自分自身の邦画と洋画のベスト10を考えてみた。
このうち、キネマ旬報のベスト10と重なっていたのは、
7本だけだった。

今回は、かなり独断で決めただけに、
このような結果になったと思うけど、
例え僕自身のベスト10には入れてなくても、
それに近い、高評価の作品は並んでいた。

ただ、僕が邦画でトップにあげた「キサラギ」が入っていなかったのは、
いささか疑問が残った。
昨日、キサラギのメイキングを見て、
なおさらこの映画が気に入っていただけに、その思いは強くした。
今度、キネマ旬報の特別号で、詳しい投票結果が出るので、
そこでチェックしてみようと思う。

そうそう、結果を紹介するのを忘れていた。
ベスト3は、邦画は①「それでもボクはやっていない」
②「天然コケッコー」③「しゃべれども しゃべれども」だった。
ボクの採点では、7位、3位、6位の順番だった。

洋画は、①「長江哀歌」②「善き人のためのソナタ」
③「今宵、フィッツジェラルド劇場で」だった。
「長江」はボクは10位に選び、残りの2つは選外だった。
でも、この2つとも、心に残った作品であることには違いない。

「それでも…」の周防監督は、たぶんこの作品が、
ベスト1は、「SHALL WE DANCE」と
「しこふんじゃった」に続く3作目と記憶する。
寡作な監督だが、いつも素晴らしい作品を完成させる。
しかも、今回は今までのエンターティメントと少し違ったものだけに、
その才能たるや本当にびっきりさせられる。

今年は今のところ、映画はまだ1本だけ。
また新しい出逢いをしたい。
映画館の大スクリーンでね。映画とのね。


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不屈の「絶対王者」(1月10日) [08風に吹かれて(1月分)]

最近のニュースで一番大きいのは、
若い人にとっては、浜崎あゆみが片方の耳を聞こえなくなった、
と自身のHPで発表したことだろう。

歌手だけに、そのショックは、
想像を絶するものであっただろう。
こうして、発表できるまでには、
本当に悩みに悩んだことだろう。

だけど、僕自身がもっとも勇気づけられたのは、
年末の試合で「復活」を遂げた「絶対王者」である。
といっても、一部のコアなファンしか知らないだろが…。
そう、プロレスラーの小橋健太である。

彼は、2年前にがんの宣告を受けた。
手術がうまくいくかどうかも分からない。
通常の生活だけでも大変なのに、
何と、あの激しい「現役」を選んだ。
まさに生死をかけた選択でもあった。

本当は、復活の地であった日本武道館に詰め掛けたかった。
それほど、僕は小橋健太なる人物に惚れ込んでいた。
同じような考えの人が多く、すぐに満員札止めになったらしい。

僕のプロレスファン歴は、相当長い。
たぶん多趣味な方だが、純粋にもっとも長い趣味は、
たぶんプロレスではなかろうか。

プロレスは、もちろん真剣勝負ではない。
決められた展開の中で、試合を行う。
でも、ファンに鍛えあげられた体や技を見せ、
僕たちを喜ばし、時には勇気づける、
それは真剣勝負以上に、大変なことだと思う。

ここでプチ自慢をする。
色んなところで、しゃべったことはあるが、
下関市の巌流島で、
あの世紀の「アントニオ猪木VSマサ斎藤」の
戦いに立ち会ったのだ。
朝早く、船で巌流島に渡った。
実際、試合が始まったのは夕方で、
たいまつの光の中での試合だった。

昼間は暇だった。
あの世界の荒鷲・坂口征二と一緒に用意された弁当を食べた。
坂口征二と言っても、今の人は知らないと思うけれど、
イケメン俳優の坂口憲二の父親と言った方が分かりやすいか。

もちろん、これらの試合までの流れは、
最初から、あらかじめ決められたことである。
巌流島決戦よろしく、武蔵と小次郎役を、
2人がそれぞれ演じ、1人はわざと遅れてきた。
そうした展開を分かった上で、
僕たちは胸ときめかせていたのだ。

最近は、昭和の時代ほど、
プロレスは隆盛を極めていない。
それでも、深夜のTVは欠かさずチェックしている。

そんな中での、今回のNOAHの
いや日本の絶対王者・小橋の復活劇なのだ。
プロレスは、義理人情、浪花節の世界でもあるのだ。

昨年、読んだ本の中で、アントニオ猪木について、
ノンフィクション作家が書いた秀作があった。
題名は失念してしまった(確か1976年のアントニオ猪木だったか)が、
そこには猪木の人生そのものがあった。

そのNOAHが来週、広島にやってくる。
これまで、何度も生でプロレスを観戦した。
それぞれに深い思い出がある。
今回は、たぶん小橋健太は試合をしないと思うけれど、
三沢や秋山の技に酔いたいものだ。


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「私の大学」とは(1月9日) [08風に吹かれて(1月分)]

新年も9日になると、
もう普通の生活に戻りつつある。
わたし自身も、会社も、家庭もね。

でも、まだまだ新しい年の始まりだけに、
今年こそは、との思いも以前強い。

年が明けて、ロシアのソクーロフ監督について、
書かれた物を少し読んで、DVDも見た。
年末に見たフィンランドを舞台にした映画にも、
ロシア兵が登場していた。

わたしの頭の中は、
少々、ロシアモードだったりする。
というわけで、ゴーリキーではないが、
「私の大学」について、思いをめぐらせている。

何も学ぶのは、大学とかの「学びや」でなくてもいい。
むしろ、日常の生活から学ぶことが多い。
書物よりも多かったりする。

元旦に色々と目標のようなものを考えた後、
もう一つ、プラスしようと思ったことがある。
1対1の関係を重視しようということだ。

月曜日にあった「話し方教室」のスピーチで、
急に思いついたのだ。
いや、前から思っていたことが、
頭から飛び出して来たのかも知れない。

もう、この歳になると、
飲み屋でも、そうばか騒ぎすることはない。
しっとりと会話を交わす、そんな飲み方が多い。

それであるなら、出来だけ1対1の関係で、
面と向かって、自分の全部をさらけ出し、
逆に相手の全部を受け止めてみようではないか。

話の内容は、基本的には何でもいいが、
自慢できることよりも、むしろ「負」の部分の方が、
お互いをよく知って、
有効な時間の共有になるかも知れない。

そんなわけで、今思う「私の大学」は、
飲み屋で、じっくり語り合うこと。
だけど、その一方で、
昔に比べて、昨今はチャンスが減ったように思う。

なにせ、「急に一杯」という風潮はゼロに等しくなったし、
マイカー通勤がこれほど多くなると、
それもまた仕方ない。

もちろん、しらふではないので、
舌は自然に、滑らかになるだろう。
しらふではないので、
本音の部分も自ずと出てくるかも知れない。
だからこそ、楽しい時間が過ごせるはずなのだ。

この1対1の関係を、数多く作ることができれば、
それはもう、大きなかけがえのない財産になるであろう。
老若男女を問わず、はたまた思考の違いも問わず…。
ただ、基本的には、気の合う人の方がいいな。広い意味でね。




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ピンチ「ひろしま通」(1月8日) [08風に吹かれて(1月分)]

何事も継続するのは、大変なことである。
個人レベルであっても、行政レベルであっても、
例外はほとんどない、と思う。

実は、僕は「検定」フリークである。
そんなに検定が好きなら、もっと学生時代に勉強しておけ、
との声も聞かれるが、
そう単純にはものごとは決まらない。

ここ2、3年の間でも、映画検定に、漢字検定、
そして京都検定とかなりの検定に挑戦した。
が、やはり覚えるという技術にかけては、
年々、能力が低下し、なかなか成果が現れないのも事実である。

そうそう、検定と言えば、
やはり、流行はご当地検定である。
あまりにも、色々なところで実施するため、
いささか、いかがなものか、と思わないでもないが…。
それでも、当事者の自治体としては、
宣伝にもなるし、地域活性化の一助にもなるであろうと、
必死なのである。

ひろしま通と呼ばれる、広島検定も昨年から始まったが、
2回目の今年は、応募者が前年の1割にも満たないらしい。
熱しやすく、冷めやすい広島気質も関係あるとは思うけれど、
それよりもこの広島検定に魅力がなかったのだろう。

僕が挑戦した京都検定と比べて、少し考えてみる。
まずは、問題の作り方にあるだろう。
広島検定の場合、1600人が受けた、
8割以上の人が合格したが、
あまりにも問題が簡単ではなかったのか。
それに、級が分かれていないため、
一度合格したモノは、もうそれでおしまいである。

それに比べて、京都検定だが、
昨年で4回目だったが、
毎年、1万人前後が受験する。
1級から3級まであって、なかなか難しい。
だから、かなり勉強しないと、
上の級には進めない。
特に1級の合格率は10%を下回るのだ。

受験のための講座も開かれ、
中には旅行会社とタイアップして、
史跡巡りも企画されている。

それに、合格者には、一部だけど、
寺院や企画展を無料で拝観できるところもある。
もっと驚くのは、1級合格者には、
ある京都の私立大学の「研究員」も勤めることができるのだ。

これぐらいの努力と、覚悟がないと、
検定を継続することは難しいのだ。
だから、思いつきだけで、
はじめても、ジリ貧になるばかり。

でも、団塊の世代は、
なんやかんや言って、
向学心もあり、勉強好き。
だから、ここをターゲットにしようとの試みは、
すごく当然でもあるのだ。

で、僕自身だが、
冒頭に挙げた検定は、あるレベルまでは合格した。
今後は、上の級を目指すのも一案だが、
もっと、それをもとに、自分の意見をいえる為に、
もっともっと研さん励みたいと思っている。

無知の知ももちろんあるが、
やはり知ったからこそ、深く考えられることもある。


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おとなの「品格」だよね(1月7日) [08風に吹かれて(1月分)]

久々の平日の休みなので、
ゆっくりと朝遅くまで寝た。
気持ちいいこと、この上ない。
もちろん寝すぎると、逆に体がしんどくなるけどね…。

で、昨年からの「品格」ブームは、
とどまることを知らない。
むしろ今年になっても、拡大しているようでもある。

今手にしている雑誌にも「おとなの品格速修講座」と、
表紙に書いてあるくらいだ。
たぶん「品格」と銘打つと、
その雑誌の売り上げも増すのであろう。

最初、僕はこの「品格」という言葉に、
何だか胡散臭さを感じていた。
何を今さら、そんなに強調するなんて、という具合にだ。

だけど、最近は、普通に受け入れればいいんじゃない。
「品格」をね。
「品格」という言葉を持ち出さなくても、
ある程度、齢を重ねれば、かっこよく生きるのは、
大切のではと思うようになった。

身近な例だが、一緒に酒を呑みに行く。
そのメンバーの中で、自分が一番年上であったとする。
その時は、何とはなしに、若干、金額を多めに出す。
韓国では、どういうケースであれ、
年長者が全額出すそうだが、
そうもいかないので、気持ち分だけ、上乗せするのだ。

洋服にしてもしかりだ。
若いうちは、安物でもかっこうよく、
きれいに着ることができる。
たぶん、若いだけで、その本人が素敵だからだ。
だけど、歳を取るとそういうわけにもいかない。
それなりに、無理をしても、お金をつぎ込まざるを得ないのだ。

でも、やはり大切なのは、
そのようなうわべだけでなく、
内面からかもし出される何かだ。
かといって、内面だけでOKというものでもない。
そこら当たりの調和が、すこぶる大切なのだ。

やはり、何事も、講釈をたれると言われても、
知らないよりは、知っていたほうがいい。
それこそ、芸能界のことから哲学、歴史に至るまでだ。

ただ、知るだけでなく、その人独自の意見が備わっていることが、
重要なのは言うまでもないことだ。

今、気をつけていること。
何か行動を起こすときに、
この行いは、かっこいいかどうか、品があるかどうか。
それを行動の基準にしたいと思う。
それは、社会的な身分だとか、裕福だとか、
そのような基準とは違う。
生身の人間として、どうかっこいいかだ。

たとえ、悪あがきと言われてもいい。
あがいて、あがき倒してやると思う。
行動をとめたら、それでもう、お終いになる気がする。

今年の年賀状で、自分と同年代の人たち、
たとえば、大学時代の同級生から、
新しいことを始めました、との文面を数多くもらった。
同時代を過ごした人々の思いは、同じなのかもしれない。

だけど、言うは易く、行うは難しなのも事実である。
日々反省の毎日であることには違いない。


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ソクーロフと昭和天皇(1月6日) [08風に吹かれて(1月分)]

今年、最初に見たのが、
このソクーロフの「太陽」である。

言わずと知れた、昭和天皇を題材にした作品だが、
06年10月に、かつては歴代の天皇が住んでいた
京都御所の近くの映画館でロードショーを見た。

その時に色々と感じるものがあった。
例えば、こうだ。
よくもまあ、上映までこぎつけることができたな、
そして、日本人ではなく、ロシアの監督がよく製作できたな、
いや、ロシアの監督だからこそ、出来たのかもしれない、
そんな、色んな思いとともに鑑賞した。

この映画は,日本の敗戦時を扱っているが、
日本の映画なら当然出てくる、
例の8月15日の玉音放送は出てこない。
もちろん意図的な選択ではあろうが、
人間・天皇を描く際に、
ソクーロフは、必要とは感じなかったからだろう。

名作や心に残る作品は、
ここ数年でも、数えればきりがない。
だが、心に引っかかった作品は、
これが「最右翼」だったので、
どうしても、もう一度、じっくり見たいと思ったのだ。

僕の世代でも、天皇に対しては、
どこかしらで、特別な感慨を持つ。
もちろん、もっと上の世代なら、もっと格別な思いがあるだろう。

この映画を見てもらって、
その際に感じた思いを聞いてみたい気がする。

早いもので、今年はもう平成20年である。
ということは、昭和天皇が亡くなって20年と言うことでもある。
これまで、なかなか語れなかった様々なことを、
次第に語ることができる時期に、来ているのではないか。

「あ、そう」の言葉が、映画には何度も出てきて、
親しみと言うか、これも、天皇かなと思う。
だけど、その裏で、真珠湾攻撃は自分の命令ではなかった、とか、
そういう発言も映画の中には、盛り込まれている。

ソクーロフについて一言。
この昭和天皇を描く前に、ヒットラーも描いた。
未見だが、今回、一緒にDVDを購入した。
タイトルを、「モレク神」という。
この機会に、ぜひ見たい。
いや必須の作品だと思う。

で、平成20年であるが、
これについては、日を改めて書きたい。

今、手元に、平成元年から19年までに
流行したものを一覧にした本がある。
当時流行った映画に、本、CD、そしてファッション…。
それを読むとはなしに、眺めているところだ。

昭和は遠くになりにけり。
そして、平成は大きくなりにけり。
ソクーロフの力作をDVDで見ながら、
改めて、日本人を再認識した。



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本を読まない人たち(1月5日) [08風に吹かれて(1月分)]

僕は、例え、ちょっと外出するにしても、
必ず本を一冊は携帯する。
もちろん、旅行するとなると、
何冊かかばんに詰め込む。
そのための本を選ぶのに、あれこれと考える。

だけど、どうやら最近の人は、
ほとんど本を読まないらしい。

新聞によると、月1冊も読まない人が、
何と半数にも上ると言う。
もうどうにもならない「活字離れ」である。

なぜ、読まないのだろうか。
忙しいとか、読書よりもほかにすることがあるなど、
色々な理由が挙げられる。
でも、僕には、そう説得力があるとは思えない。

ちょっと、脱線するけれど、
読むことと、書くことは果たして、
リンクするのだろうか。

読書離れがあれほど言われても、
若者を中心に、携帯で自分の意見を発信する人が絶えない。
なぜか。

それに、携帯を使った「携帯小説」という新しい分野も登場した。
携帯なら、なぜ違和感なく読むことができるのか。
むしろ、紙よりは読みにくいと思うのだが…。
なぜか。

小遣いの観点から考えると、
かつてCDがものすごく売れたけど、
携帯にかかる費用がかさみ、
CD購入まで、若者の「財力」「小遣い」が回らなくなった。
本となると、最近はずっと、ずっと圏外になるのだろう。

本好きな人間としては、ふと思う。
果たして、一生のうちに、
今後、何冊の本を読むことができるのだろうか。
いや、何冊と出合うことができるのだろうか。
たぶん、そんなに多くはないと思う。

またまた、話は飛ぶが、
僕は「積ん読」が好きだ。
取りあえず、書店で本を買って、
家の机の上に置いておくのだ。
そして、読みたくなったら、手に取るのである。

それなら、読みたくなって、買ったらいいとの意見もあろうが、
最近の本屋さんは、新刊のうちに購入しておかないと、
すぐに店頭からなくなるのである。

そうそう、本を売り込む時には、
やはりタイトルは重要と思う。
同じ内容でも、タイトルによって、
興味を持ったり、興味が失せたりするのだ。
このことについては、
いつかまた、詳しく述べる。

ということで、
自分なりの本に関する一考察を紹介した。


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夢のボールパーク(1月4日) [08風に吹かれて(1月分)]

来年春、待望の新しい球場が広島に誕生する。
前の市民球場は50年以上も使っていたので、
ある意味、50年単位の大事業でもある。

本当は、屋根つきの方がよかったけれど、
選手のことを考えれば、
天然芝の方がいいのかも知れない。

カープファンではあったけれど、
「特別」になったのは、05年のシーズンからだ。
ちょうどそのころ、球界再編の流れがあって、
カープがどうなるか分からない中で、
少しでも協力できることはないかと、
カープの年間予約席を購入したのだ。

それから、3シーズン。
暇なときや、少しでも時間が出来れば、
球場に駆けつけた。

やはりテレビよりは、生の方が色んな発見がある。
単に打って投げるのを見るだけでも、
そこはプロ、ものすごい迫力である。

それに加えて、球場の雰囲気もやはり違う。
そして、今年が最後の市民球場。
今年も購入しようかどうか、実は迷っている。
だって、エースと4番が抜けて、
昨シーズン以上に期待が持てないからだ。

勝負事は、何やかんや言っても、
勝ってなんぼうの世界である。
負けるのを見ると、こちらのストレスがたまってしまう。
でも、年に何試合かは、感動で涙が止まらないこともある。

けっして安い料金ではないが、
感動を求める価格として、
地元の広島を愛する価格として、
自分に財布と相談しながら、
これから決めようと思う。

冒頭にも書いたが、
来シーズンから新球場。
そこにつなげるためにも、
本音ではぜひ購入したいのだが…。

1シーズンは短いようで、長く、
長いようで、短いものである。
最初は寒くて、コートが手放せない。
それがセーターだけでよくなって、
半そでになって、
それでも熱くなって、ビールが必須になる。

昨年は、見に行った試合の1つずつを「記録」したので、
その思いはなおさら強いのだ。

ここは考え方を変えよう。
主力選手が抜けて、ものすごいピンチだけど、
新しいヒーローが登場するかもしれない。

もしかしたら、カープにとって、
歴史的な転換期かも知れない。
その転換期に、立ち会えるチャンスのシーズンかも知れない。


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源氏物語1000年紀(1月3日) [08風に吹かれて(1月分)]

最近、思うことがある。
というか、以前からの宿題でもあるのだが、
英語がなかなか身に着かない。
なぜだろうか。
簡単に言えば、長続きしないからだ。

大学時代、2年生のときに、
セカンドスクールのさきがけとして、
英会話学校に大学の友人と通った。
だけど、長続きしなかった。
そこでは、友人とかは出来たけれど、
いつのまにか通わなくなった。
あんなに自由な時間が、あったのにもかかわらずだ。

就職してからは、なかなか学ぶチャンスはんばかったけれど、
少し余裕の出来た入社6年目くらいに、
山口市に住んでいるときに、再び門をたたいた。

ここは、家族的な雰囲気だったけど、
何か大きな仕事が重なってしまって、
こちらも、長続きしなかった。

本当は、教室に通わなくても、
家庭で十分に出来るはずだけど、
難しいことこの上ない。

で、4年前、少し大きなお金を投入して、
英会話学校に再び通い始めた。
昨年、問題になったあの英会話スクールである。
3年間、結構長続きしたし、
ある程度は成果も出たが、
ある時点から、なかなか進まなくなった。

基本的には、なかなか単語を覚えられないこと、
そして家での学習がほとんどできないこと、
色々な要因はあるが、
それ以上に、外国の人たちと話す場合、
語るべき内容、
自分の意見を持ち合わせていないことに気づいた。

日本人独特の何となく、という意見はあるけれど、
理路整然とした意見が言えないのだ。
特に、外国人が興味を示す、
日本独自のもの、例えば宗教であったり、文化であったり、
こうなると、固まるばかりである。

で、話しは変わるけれど、
その日本文化の最高峰とも言われる源氏物語が、
誕生して、今年で1000年とされる。
実は、昨年くらいから、興味を持って、
ゆかりの京都の寺などを訪ねている。

ここは、一挙両得の精神で、
源氏を学ぶことで、日本を知り、そして英語で伝える、
そんな試みを今年はしてみたい。

おりしも、ジャパンタイムズでも一般紙でも、
源氏物語の特集が、正月版で掲載されていた。
まずは、ここから手を付けてみよう、と思う。


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「ナンバー2」でも…(1月2日) [08風に吹かれて(1月分)]

それにしても、正月は面白いTVがなかった。
それでも、少し前までは、ドキュメンタリーとか、
多少あった気がするけれど、今年は見当たらなかった。
必然的にスポーツ観戦と決め込んだ。

観戦を決め込んだ理由には、もう一つある。
というよりも、こちらの方が大きいかもしれない。

J2に降格したサンフレッチェ広島が天皇杯の決勝に進出し、
実業団駅伝では、中国電力の連覇が期待できたからだ。
結果は、どちらも日本一とはならなかった。
それだけ、日本一は難しい。

もちろんナンバー2も難しいのだが…

彼ら選手にとっては、元旦の試合が済んでから、
本当の意味での短い「正月」になる。
年末もずっと練習に、練習というのは、
並大抵の精神力、そして本当にその競技が好きでないと、
出来ないものであろう。

自身を顧みる。
「今年は、スポーツも」と昨日ここに書いた。
最近、少々、体が重いし、すぐに腰が痛くなる。
気分や考え方は、まだまだ若くても、
体そのものは正直で、しんどいのだ。

出来るだけ、歩くことが大切と思う。
それなら、どうにかできる気もする。
家から会社まで歩いたら、25分くらいだから、
余裕を持って出れば、ちょうどいい距離である。

いつも通る道以外にも、色々な道筋がある。
意識的に、違った道を通ってみよう。
街をキョロキョロしていたら、色んな発見もあるだろう。

自身のことはともかく、話題を戻す。
結果的には1位と2位の違いだけだけど、
これが近いようで、ものすごく遠い気がする。
気分的にもそうだし、技術的にもきっと大きな差があるのだろう。

要は、その状況に満足するかどうかだ。
その結果を、きちんと受止めた上で、
どう踏み出すかに、進歩するかどうかは、
かかってくるのではないか。

もちろん「満足」の概念は、相対的なものだけれど、
自分なりの「満足」の規定は必要であろう。
頑張ったときには、その成果が今一つでも満足し、
頑張らずに、いい成績だったら、それほどは満足しない、
そんな感じが理想であろうか。

再び、自身に戻る。
きょう街に出るとき、とりあえず電車を使わず、
歩いて行こう。まずは実践が大切だ。


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