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07読書感想(10月分) ブログトップ

前田の美学(77冊目) [07読書感想(10月分)]

前から書店で目にしていて、
いつかは読もうか、いや、それくらいのことなら知っている、
今さらあ読むこともないだろうと、
考えていた本でもあった。

そう2000本安打を達成した「前田」本である。
中身のほとんどは知ったことではあった。
だけど、1冊の本として、まとめて読むと、
改めて前田選手のことがよく分かった、再認識した。

そう、あの9月1日の感動の市民球場から、
もう時期、2ヶ月が経つのである。
今、まさに日本シリーズ、Wシリーズ真っ盛り。
もし、前田が大きな故障がなかったら、
その違った舞台に、カープの選手として、
いや違った形として出場していたかもしれない。

この本にも書いてあったが、
「前田選手は誤解されている」のコピーは、
なかなか素敵なコピーであったと思う。
「やられた」という感じでもあった。
それほど、注目率が高かったわけでもある。

考えてみれば、野球とはすこぶる単純なもので、
投げた球を思いっきり打つ、ただそれだけなのである。
まさに1対1の単純な真剣勝負なのである。

だけど、だからこそ名勝負も生まれるし、
ひいては野球道なる言葉も生まれるのだろう。

シーズンが始まる前に、
もう一度、じっくり読んで見ようと思う。


鴨川ホルモー(76冊目) [07読書感想(10月分)]

なんとも奇天烈な題名の小説である。
でも、舞台が京都であったのと、
その本の帯のうたい文句に誘われて購入して、
一気に読み上げた。

そのうたい文句とは、
「本の雑誌エンターテイメント第1位、
「王様のブランチ」新人賞受賞などである。

確かに話はとんでもない。
だが、読み始めると、もうやめれなくなった。
アイディアのユニークさは、筆舌尽くしがたし。

実は、この本は昨年4月に初版が出て、
もう13版を重ねていた。
これまで、この本の存在を知らなかったこと自体、
お恥ずかしい話である。

随所に京都の地名や、事柄が出るのが、まずいい。
知っている、知っていると思いながら読んだ。

陰陽師が根底にある気もした。
僕にも、単に京都好きだけでなく、
これくらいの思考能力というか、独創能力があれば…。
そう思ったりした。

もし、映画化されたら、鬼たちをどのように描くのだろうか。
映画化よりも、本で読むからこそ、想像力が膨らむのか。
でも、画面で見たい気もする。

久々に楽しませてもらった1冊だった。


ロスト・シネマ(75冊目) [07読書感想(10月分)]

映画を見るときは、
こうだったらいいのにな、
と思いながら見ることが多い。
ないものねだりというか、失われた時を求めてと言おうか。

夫婦の関係だったり、親子の関係だったり、
友情だったり、そんな失われたものだったりもする。

ボクが気に入る作品には、
この手のモノが多い。
ハッピーエンドでも、いいし、
そうでなくても一向に構わない。

要は、その課程で、
色んなことを考えて、そして考えるのが好きなのだ。
言葉を変えて言えば、映画を見ながら人生を考える、
生を考える、死を考えるのだ。

この映画本は、この「ロスト」の観点からだけ、
さまざまな映画を論じている。
そじょうに上がっているのは、50本だが、
うち約7割の35本を見ていた。
いかに、ボクがこの手の内容の本が好きかである。

映画を見るときには、
もちろん色んな観点で見ることができるし、
実際に、そのような見方をしているけれど、
それをまとまった形で、本にできる人はすごい。


京の花街「輪違屋」物語(74冊目) [07読書感想(10月分)]

京都の花街の本である。
「はなまち」とも読むが、本当は「かがい」と読む。

京都には現在5つの花街がある。
一番有名なのは、もちろん先斗町か。
そのほかにも宮川町とか祇園東とかあるけれど、
ここに書かれているのは「島原」のことだ。

かつては京都でも一番栄えていたが、
今ではこの5つの中にも含まれていない。
この「輪違屋」の一軒だけがあるものの、
わずか5人の太夫さんがいるだけだ。

この本は、この輪違屋の10代当主が書いたもので、
京都の花街の歴史と今を知る上で、
大変参考になった。
京都検定のために無機質に覚えていた「花街」のことが、
ぐっと身近に感じられて、興味深いものとなった。

もちろん実際には一度も出かけたことがないが、
できれば一度はお邪魔したいものだと真剣に思った。

その前に。まずは島原で今は、
美術館になっている角屋さんに出かけてみたい。


使える読書(73冊目) [07読書感想(10月分)]

本好きにとっては、非常にためになる新書であった。
あの斉藤孝さんが、書いたものだが、
それぞれ読んだ本の中から、
声に出してみたい一文というか、
一番気になった部分を抜き出し、
そこから話を展開するのだ。

取り上げられている本は、50数冊。
この中には、自分が既に読んだ本も、
10数冊あったけれど、
こういった読み方、考え方もあるのかと、
考えさせられる部分も多かった。

斉藤さんは、本を読むときは、
必ず一冊のうちに、一箇所は使える部分を探すのだそうだ。
つまり、そのことを人にしゃべることができる、
もしくは何かに書くことが出来る。
そして、自分の実となる部分であるのだ。

ひたすら楽しみながら、
本を読むことも楽しいが、
最近の僕は、この斉藤さんの読み方が、
非常に参考になる。

やはり、人に会って、色々な話を聞いて実につくのが一番だが、
おのずと、それは限定される。
そのために、読書という方法で、その補完作業をしているのだ。

この簡単な「読書感想」も本来なら、
この斉藤さんのような形に出来れば一番いいが、
まだまだ、その実力がついていない。
来年からの課題の一つにしよう。


最高学府はバカだらけ(72冊目) [07読書感想(10月分)]

かなり刺激的なタイトルではある。
が、ある面では事実といえよう。
最近、何かで見たのだが、
大学進学した人のうち、4分の1程度が、
家庭では全く勉強をしなかったらしい。

何も長く勉強すればいいわけではないが、
こんなに学習時間が少ないのは、やはり問題であろう。

この本によると、バカとして遡上に上がっているのは、
学生だけでなく、大学そのものもだそうだ。
確かに、ちゃんとした数字を挙げたいところだが、
そうすることで、さらに人気がなくなり、
バカ学生が増えることになる、という。
悪循環というか、負の連鎖になる。

僕自身、大学の4年間は、
有意義なものだった。
もちろん、そんなに勉強しなかったけれど、
最低限の学力があって、勉強の仕方が分かっていたから、
有意義だったとも言える。

それに比べて、今の学生は、という話だ。
たぶん、大学の授業を聞いても、
推薦入試の人たちは、ほとんど分からないだろう。
そうなると、授業はもっとつまらなくなるだろう。

いま、現在、大学への進学率は5割を超すという。
この数字をどう捉えるべきか、
なかなか難しいところである。


あじさい日記(71冊目) [07読書感想(10月分)]

あじさいの花言葉は、秘密とか、不倫とかである。
いかにも、渡辺淳一氏が好きそうなテーマである。

例によって、男と女の物語である。
だが、そのものの描写は、今回はほとんどない。
妻が夫に黙って書いていた「日記」を夫が見ることで、
話が展開していく。

夫は、所謂、不倫をしている。
そのことを、妻がどこまで知っていて、
どのように思っているかが、
この「日記」によって分かるのである。

500ページに及ぶ大作だけど、
あっという間に、読破できた。
まあ、気楽に読むことが出来るので、
退屈凌(しの)ぎにはもってこいかも知れない。

それにしても、渡辺氏は、
どうしていつも、このテーマばかり固執するのか、
本人が書きたいものというよりは、
むしろ読者が望んでいるからかも知れない。
そういう僕も、書店で、ついつい手にとって、
購入しているのだが…。

たぶん、また映画化かドラマ化されるんだろうな。
いい作品にしてもらいたいものだ。


仏教への旅 日本・アメリカ編(70冊目) [07読書感想(10月分)]

五木寛之さんの「仏教への旅」全6巻の最終巻である。
その前の「百寺巡礼」シリーズの全10巻から、
引き続いて全部を読んでいる。

私自身、仏教は詳しくないし、
わずかに昔から仏像には、興味があった程度だ。
それなのに、この15冊を読んだ今、
仏教に対して、興味がわいてきた。

生き方と言おうか、
逆に死に方と言おうか、
この歳になって初めて、
分かるようになったことが多い。
そのきっかけになったのだ。

特に印象に残ったのは、
新鸞聖人が流された越後まで行って、
そこに立って考えた五木さんの姿勢。
やはり「見て知りそ」である。

それにもまして、
他力の思想とは対極的なアメリカで、
五木さんと向こうの学者が対論したところ。
お互いの考え方が浮き彫りになったが、
そのことを再認識しただけでも、
この対論は、有意義なものだと思う。


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